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107:成し遂げた、後(5)
第5世代 作者:異端者 
いい妄想ね:0 再生数(UV):11 妄想履歴:98101102105
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【1】

 男は包丁を片手にぼんやりと佇んでいた。

 目の前には、もう一人の男の死体が転がっている。その腹部は血で真っ赤に染まっていた。

 大丈夫だ。もう動かない。死んだ。俺が、殺したんだ。
 男の包丁もシャツも真っ赤だ。
 目の前の男を殺すことが、彼の唯一の「目標」だった。

 彼は小学生の頃、酷いいじめを受けて引きこもりになった。
 そのいじめのリーダー格が、目の前の死体の男だった。
 彼は生きてきた。家族からゴミのような目で見られ穀潰しと罵られながら。
 彼には目標があった。この地獄を生き延びて「復讐」を成し遂げるという。
 そのためには、あらゆることに耐えてきた。懸命な努力の結果、人目の少ない夜の間なら外出できるようにもなった。
 そして、可能な限りの手段を用いて相手の居場所(安そうなボロアパート)を特定した。

 その結果、目標は成し遂げられた。
 酔って帰ってきた相手をアパートの廊下で待ち伏せし、包丁でめった刺しにしたのだ。
 幸い相手は足取りすらおぼつかない程酔っていたので、殺すのは難しくなかった。
 こうして、彼の目標は成し遂げられた。だが――

 ――俺はこの後、どうすればいい?

 彼にはそれ以上の目標も望みも何もなかった。

【2】

「何してるの? そんな所に居たら捕まるよ!」

 不意に背後から声がかかった。
 振り返ると、買い物袋を手にした若い女性が居た。

「え? …………あ?」
「いいからこっち!」

 血まみれの包丁を手にした男のもう片方の手を取って、彼女はアパートの一室へと招き入れた。
 奇しくも、殺した男の隣の部屋だった。

「もう……いくら夜中だと言っても、あんな所に居たら捕まるわよ」

 彼女は小さな子どもを諭すように言った。
 彼は彼女に事情を全て話した。なぜそうしたのかは自分でも分からなかった。
 ずっと長い間他人と話していなかったせいか、彼の口調はたどたどしく、お世辞にも分かりやすいと言えない説明であったが、彼女は辛抱強く聞いてくれた。

「そう……でも、正直死んで良かったわ」

 ――そうでなければ、自分が殺していたかもしれない。そう彼女は続けた。
 一週間前、彼女は殺した男に無理矢理に部屋に連れ込まれ暴行された。そして、証拠の写真や動画を撮られて脅されていたのだという。
 ばらまかれたくなければ、自分の玩具になれと――古典的な手だが、昔から使われてきただけあって効果は大きい。
 彼女はのらりくらり返事を引き延ばしてきたが、それも限界にきていた。

 そこで、男が死んだ。いや、殺された。

「これで良い――って、思ったの。これで……」

 彼は返事をしなかった。どう答えたら良いのか分からなかったからだ。

 その後、彼は彼女の部屋に居続けることになった。
 彼が帰りたくないと言うと、彼女がじゃあこのまま居なさいと言ったのだ――本当にそれで終わりだった。
 翌朝、警察が彼女の部屋にも来たが、玄関で彼女が対応してくれて、彼は奥にずっと隠れていた。
 警察は昨夜の刺殺事件を調査しているようだったが、彼女は彼のことは一切言わなかったし、自分が死体を見たとも言わなかった。

 こうして、奇妙な共同生活が始まった。

【3】

 男は夜にならないと外へは出られない。
 昼間は必然的に彼女の部屋にこもりきりとなった。
 彼女は朝出かけて夜遅く帰ってくることが多かったが、彼の昼食の用意を欠かさなかった。

 彼はほとんどの時間を一人で過ごした。それを退屈だとは思わなかった。
 それでも、どこかで彼女が帰ってくるのを心待ちにしていた。
 帰ってくると一緒に他愛のない話をしながら夕食を食べた。
 その後、時折体を重ねた。
 彼の方からも彼女の方からも「好きだ」とも「愛している」とも言わなかった。「どうして?」とも「なぜ?」とも問いかけなかった。
 彼は基本的にそれ以上何もしなかった。掃除も洗濯も家事らしいことは何も。早い話が女のヒモになっているのだった。
 そんな生活が一ヶ月続いた。

 とうとう彼は「働きたい」と言った。自宅で引きこもっていた時には考えたこともないことだった。
 彼女は「別にこのままで良い」と言ってくれたが、結局深夜のコンビニのアルバイトを紹介してくれた。
 人気の少ない深夜なら、彼も出て働けると思ったのだ。
 小学校すら出ていない男の経歴は、彼女が偽造してくれた。それは確認もなしにすんなり通った。
 こうして、男は深夜の数時間だけ働くようになった。女は寝入った後に帰ってきても良いように合鍵を渡してくれた。

 しかし、彼が帰ってくると彼女は起きて待っていることが多かった。
 待っていて、他愛のない話をしながらビールを飲んで、一緒に寝た。
 それから二ヶ月、何度目かの行為の後、彼女は言った。

「私ね――癌なんだ」

【4】

「そう……」

 彼女は癌だとはっきりと言った。彼はそれに返す言葉が思いつかなかった。

「放っておいたら、そのうち死ぬんだって」

 そう言って彼女は屈託なく笑った。彼はそれを綺麗だと思った。
 治療はしないのかと一応は聞いてみたが、お金がかかるし副作用もあるから――何より面倒だから嫌だという答えだった。

「それなら、このままで良いんじゃないかな?」

 彼は本気でそう思った。
 それを聞くと彼女は嬉しそうに「うん、そうだね」と答えた。
 それでその話は終わりだった。

 その後、癌の話は二度としなかった。
 どちらも避けている訳ではなかったが、それ以上する必要のない話だと思ったのだ。

 それから数週間後、彼女は倒れた。
 自宅で彼と一緒に夕食を食べている時、急に苦しみだして倒れたのだ。
 彼は救急車を呼んで付き添いで一緒に乗っていった。

 病院に着くと、彼女は個室に入れられ人工呼吸器や他にも複雑な機械を取り付けられた。
 数時間後、彼女の妹がやって来た。もしもの時にと、教えられていた連絡先に彼が電話したのだ。

「姉とは、どういう関係なんですか?」

 彼は殺人のことだけぼかして、他の部分は正確に答えた。

「――つまり、姉と同棲している彼氏、ということですか?」
「いや……分からない。どういう関係なのか、分からないんだ」

 考えてみれば、お互いにどういった関係だとは話したことが無かった。
 彼が居て、彼女が居る――それで良かった。理由など必要なかった。

「最っ低!」

 彼女の妹は嫌悪感を隠さずに吐露した。

 ――そう。確かに最低の関係かもしれない。だが……それでも良かった。

「もうすぐ両親が来ますが、もう姉には近付かないでください!」

 彼女の妹はぴしゃりと言った。

【5】

 それからしばらく、彼女には会いに行けなかった。
 夜になってから会おうとしても、彼女の家族がそれを拒んだ。
 ゴミを見るような目で彼を見ていた。

 彼は彼女のアパートに転がっていた。
 食事は夜になると、近所のコンビニやスーパーで惣菜や弁当を買ってきてそれで済ました。
 バイトはもうしていなかった。全てが無駄に思えてきて辞めてしまった。

 自分はなんだろう。彼女は自分にとって何だったのだろう。

 答えは出ない。いや、そもそも答えなんてないのかもしれない。
 分かっていることは彼女は死ぬ。それも近いうちに。

 会いに行こう。

 ある晩、唐突にそう思った。
 病院に着くと彼女の部屋には向かわず、隠れられる場所を探す。
 適当な所で深夜になるまで待った。

 もうこの時間では、付き添いは誰も居ないだろう。
 そう思って、そっと彼女の部屋に忍び込む。
 案の定、彼女の家族は帰ったようで、今居るのは彼と彼女だけだった。

 眠っていたと思っていた彼女が目を開いていた。

「遅くなってごめん」

 彼はそれ以上何も言えなかった。何も言わず、ただ茫然と見ていた。
 彼女は無理に体を動かして、何かを伝えようとする。
 人によってはベッドの上をのたうち回っているだけに見えたかもしれない。しかし、彼にはその意図が分かった。

「そうか、分かったよ」

 彼は人工呼吸器を外した。
 彼女が苦しみだす。心電図が危なげな音を立てる。

 ――ありがとう。

 その時、彼には確かにそう聞こえた。

 これで良い。これで良いんだ。

 彼は部屋を後にした。
 途中、彼女の部屋に急いでいるらしき医師や看護師とすれ違ったが、それどころではないのか何も言われなかった。

 彼女は死ぬだろう。俺が、殺したんだ。

 病院から外に出ると、闇が広がっていた。
 彼にはこれ以上の目標も望みも何もない。だが、それはまた探せばいい。
 彼はすがすがしい気持ちで、夜の闇を肺一杯に吸い込んだ。



コメント 名前:異端者 投稿日時:2019-07-09 19:53:42
とりあえず私の追記は完結です(「完」入れるのを忘れましたが)。事情によりしばらくこちらに書き込めなくなるかもしれませんが、読んでくださった方はありがとうございました。

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