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060:カレーのにほい



 強烈なカレーの臭いが漂ってきた。ああ、どこかの馬鹿が臭いを気にせずにカレー味のカップ麺を作っているのかと思ったが、そのような輩はオフィスを見回しても誰もいない。はて、この臭いはどこから来るのだろうか。どこか会社の近くの家庭でカレーでも作っているのか、はたまたカレーの移動屋台のようなものが会社の前の道路を通ったのだろうか。いや、違う。そのような臭いがここまで長時間かつ濃密に漂うのはありえない。やはり臭いの発生源はこのオフィスのどこかからなのだ。部下の数人が眉をひそめて私を見ている。なんだ?管理職だから職場の空気も管理しろとでもいうのだろうか。私は深くため息をついてからオフィスに向かってつぶやいた。
 「おいおい誰だ?カレー作っている奴は。お昼はもうとっくに終わっているぞ。」
 誰も返事はしない。それどころかなぜか皆、一様に暗い顔をしている。そうこうしていると1人の部下が気まずそうに立ち上がり、私に言った。
 「課長、このカレーの臭い。課長の脇から出ています・・・。」

 私の脇からであった。急性脇臭カレー化症候群。それが私が罹った病気の名前である。数十万人に一人くらいがかかる奇病らしい。症状はその名の通り、急に脇からカレーの臭いがする、それだけである。命に問題はない。しかしこの病気の死亡率は非常に高い。この病気にかかったものはほとんど自殺をする。ワキガなんか目じゃないほどの濃密なカレーの臭いを六時中発生させてしまうのだ。人と接する仕事は出来たもんじゃないし、どこにも出かけることはできなくなってしまう。職を失い、金を失い、生き甲斐を失い。そして最後に自分の命をも失うのだ。
 幸いにも私の会社は私をクビにすることなく、在宅勤務という形で残してくれた。まあ給与はずいぶん減ったが・・・。
 それから私はずっと自宅に引きこもって仕事をこなした。それしかすることが無いのだ。大好きだったライブハウス通いも私が行ったらバイオテロと同等なものを引き起こしかねないし、趣味のサイクリングも、ある意味一種の毒ガス散布みたいなものになってしまう。
 日々仕事、仕事、仕事。どこにも出かけることも無く、食事も毎食出前のみ。何の楽しみも無い生活。コレが何十年も続いていくのであれば、いっそ今死んだ方がましではないだろうかと思うことが最近多くなってきた。
 そんなある日の事だった。
 
 
 ピンポーン
 
 
 玄関のベルが鳴った。午後4時。誰だろうか。出前が来る時間には早すぎる。宅配も今は何も頼んでいない。この病気を患ってから、友人は一人もいなくなってしまったので、それもない。ドアの前で戸惑っていると、冷たい金属のドアの向こうから女の声が聞こえた。
 「すみません、開けてください。困っているんです。」
 
 ドアを開けるとお茶碗を持った女が立っていた。
 
 「なんの用でしょうか・・・。」
 「カレーの臭いがしましたので・・・。」
 ああ、苦情か。この病気のせいかたびたび近所とトラブルを起こしてきた。そのためだいたい1年くらいの間隔で引っ越してきたが、そうか。ここももうだめか。面倒だなあ。また引っ越し業者の人に迷惑をかけてしまう。
 「申し訳ありません。すぐ引っ越しますので・・・。」
 私はそう言って、ドアを閉めようとした。するとその瞬間、女は右足をドアに挟んできた。
 「申し訳ないって何のことでしょうか?むしろこちらが今から申し訳ない事をお願いするんです。」
 「・・・どういう事でしょうか。」
 「とても変なお願いなんですが・・・。」
 「はい・・・。」
 「あなたの脇臭をおかずにご飯を食べてもよろしいでしょうか。」
 
 どういう事だろうか。
 
 女の話を要約するとこうだった。
 ワタシ、カレー スキ
 オマエ、カレー ノ ニオイ
 ワタシ、ソレ オカズニ ハクマイ クウ
 以上である。頭がおかしいのではないだろうか。
 しかし、私はそれを了承して女を部屋に上げてしまった。私も自分の脇臭で頭がおかしくなっていたんだろう。今振り返るとそう思う・・・。
 
 
 「ではシャツを脱いで腕をあげてもらえないでしょうか。」
 「はい?」
 「ですからシャツを脱いで腕を上げてもらえないですか。」
 「この部屋に漂っているカレー臭ではだめなのでしょうか。」
 「駄目です。」
 私は仕方なく、その通りにした。うっ。自分でもキツイ。目に来る臭いだ・・・。しかしその女は眉をひそめることも無く、むしろ恍惚とした表情で私の脇を見つめている。
 「そろそろいいでしょうか。」
 「・・・はあ。」
 「いただきます。」
 女はそういうと持参してきた白米を一口頬張り、私の脇に顔を近づけた。
 「あ・・・はぁ・・・。」
 女の艶やかで白米臭く生ぬるい吐息が私の脇にダイレクトにかかった。私は腋毛を数年前に永久脱毛していたので(臭いを軽減するためである)、その吐息はストレートに私の肌をくすぐった。
 「おん・・・。」
 変な声が出てしまった。思わず上げていない方の手で口を押えた。女を見てみるとそんなことはお構いなしに臭いを嗅ぎ、白米を頬張っている・・・。
 何なのだろうか、この状況は。四畳半のこの狭い部屋の真ん中にラオウの如く拳を天に突き上げた中年の脇を、ほぼゼロ距離で顔を近づけ、その脇の臭いをおかずに白米を食べている女。何なんだろう・・・。
 
 「な、舐めてもいいでしょうか。」
 「は?」
 女は私の返事も待たず、その淫猥なピンク色の舌で私の脇をしゃ(時間切れ



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