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039:ちんぽ柿


妻が死んだ。肺炎をこじらせて。
数十年連れ添った妻に先立たれた私は、もう魂が抜けたようだと当時の知り合いや親戚は言ったものだ。
私はしばらくの間、日なが一日ぼーっとしていた。
まだ妻が死んだという自覚が無く、今も隣に座ってお茶を飲んでいると思っていた。
しかし時の流れは残酷である。
数年たつと妻との思い出もだんだん薄れ去っていく。
私は記憶が薄れていくことともに妻が死んでしまったということを徐々に徐々に認めざるを得なかった。

妻の七回忌の時、私は庭に柿を植えた。
自分の中で妻との思い出を辿って行ったら、妻が柿が好きであったことを思い出したのだ。
桃栗3年柿8年とよく言うが実際には柿は約6年、品種改良されたものだと4年ぐらいらしい。
少なくとも私は4年、生きてみようと思った。
そして4年後、妻の仏前にその柿を供えるのだ。

私は柿を育てるのに私の時間のほとんどを費やした。
春には柿に害虫が寄り付かないよう試行錯誤をし、
夏の台風の日などは、夜の間ずっと雨に打たれながら柿を見守った。
秋は特にやることもないが縁側で柿の木を眺め、
冬は寒さに耐えられるかどぎまぎした。

4年目の秋、柿は実を結ぶことは無かった。
まあ最短で4年という事であるから、来年には実が成るかもしれないし、ことわざ通り8年後かもしれない。
とにかく私はもう少し生きてみようと思った。

そして柿を植えてから10年がたった。
未だに実は出来ない。
私は悔しくて涙を流した。
生前、妻には何もしてやれなかったのだ。
平成の世では珍しくもあるが、いわゆる私は亭主関白というものであり妻にはいろいろとひどい仕打ちをしたものである。
そのひどい仕打ちにも関わらず、妻は私にずっと寄り添ってくれていたのだ。
それに気づいた私は今までの事を詫び、いたわろうと思った。
しかしその屋敷に妻は死んでしまった。
私は妻に何もしてやれないまま死んでしまうんだろうか。
そう思うと悔しくて悔しくて、涙が止まらないのだ。


翌年、柿が実った。
だがしかし、その柿はちんぽの形をしていた。
立派なふぐりに右曲がりの竿、それはあまりにも立派で私のブツとは比べ物にならない。
柿が名刀虎徹だとするのであれば、私のはそこら辺の木の棒だろう。
まあ何でもいい、ついに実が成ったのだ。すぐに妻の仏前に備えるとしよう。

しかし私はふとこう思ったのだった。「もし妻がこのちんぽ柿に浮気しやしないだろうか。」と。
いや馬鹿々々しいのは分かっている。柿に浮気もクソもないだろう。
実際、息子にこの話をしたところ心療内科を勧められた。
それ程までに立派なチンポなのである、この柿は。

数週間私は悩んだ。
そりゃ私はいい夫であったかどうかと問われればいい夫ではなかったと思う。
床上手だったかと言われれば、自信は無い。
いや、私は何を考えているのだろうか。柿はちんぽの形をしていようがしていなかろうが柿なのである。
早く供えないと黒く変色してよりいかがわしくなってしまうぞ、

さあ、さっさと柿を仏前に供えようではないか。

「あっ!」

それは過失であったか故意であったかは分からない。
故意だとしたらそれは私の深層心理がそうさせたのだろうか。
私はちんぽ柿を落としてしまった。

ちんぽ柿は竿の根元からぽっきりと折れてしまった。

「中折れしちゃったか・・・」

私は誰に言うでもなくぽつりとつぶやいた。

妻にきれいな柿を供えることができなくなっての悲しみの感情と、チンポ柿に妻を寝取られずに済んだいう安堵の感情と、
柿のナニにとって妻のものは良い具合ではなかったのかなという一種の残念だと思うような感情が私の中でぐるぐると渦巻き、
最後は花火となって爆散した。



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